生きるを手繰る

生きづらい私が、生きる気持ちをゆるりと手繰り寄せるために

悲劇のヒロインではなく、悲喜劇のモブだった

人生まあまあ色々あった

10代の頃から、それなりに色々ある人生でした。不仲な両親のゴタゴタに巻き込まれ、うつになって大学を中退。同じくうつになった家族と、双極Ⅰ型の家族がそれぞれ他界。そんなこんなで、なかなかうつが治らない上に、仕事も長く続けられない。どうにも困ったなと思っていたら、双極Ⅱ型へ診断が変更。少し物の見方に変化も出てきて、その整理も兼ねてブログを始めたというのが現在の状況です。

悲劇のヒロイン時代

若い頃は、すっかり悲劇のヒロイン気取りでした。不穏な家庭で、母親の相談相手のような役割を担ってしんどかったので、ずっと“普通の家庭”への憧れがありました。「普通の家庭を築きたい」ではなく「子どもとして甘えたい」願望だったように思います。

だから昔は、常に心のどこかに「自分は可哀想」という意識があったし、それを免罪符にして、他人を傷つけたことが何度もあったと思います。

村上春樹の『ノルウェイの森』にこんな台詞があります。

「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」

村上春樹(1991)『ノルウェイの森(下)』講談社文庫.

永沢さんという人物の言葉ですが、当時の私にはかなり耳が痛くて、受け止められなかった記憶があります。改めて見ても、“下劣”はかなり辛辣な表現だと思いますが、言わんとしてることはわかる気がします。

今どき、そう珍しくもなかった

ですが、あれこれ奮闘しながら生きているうちに、自分のような話が世間にはゴロゴロしていると気がつきました。30歳前後の頃でしょうか。長い時間がかかりました。

病院での治療、(残念ながら)うつが全く珍しくなくなってしまった世間の流れ、他人との関わり。色々な要素が重なった結果だと思いますが、特に大きかったのはこの2つだと思っています。

  • 治療や自分との対話の中で、言いたいことや感情を一通り吐き出して、まあまあ気が済んだ。
  • 歳を重ねて、自然と自分を客観的に見られるようになった。

そう悲劇ばかりでもない

そして少しずつ、人生は100%悲劇ではないとも思えるようになりました。たしかに悲惨なエピソードは結構あるし、これまで流した涙の量は、お風呂にお湯を張れるくらいにはなっています。それほど誇張でもないです。

でも、日常の中にはそれなりに笑えることもあるのです。うっかり変な思い違いをしていたとか、ちょっと油断した隙に飼い犬にいたずらされたとか、本当に些細なことですが。

笑える状態になり、それに気づけるようになったということなのだと思います。

そして悲喜劇のモブへ

そんなこんなで、私は悲劇のヒロインから悲喜劇のモブへと転身しました。

もちろん今でも、たくさん落ち込みます。

そして、きちんと悲しんだり怒ったりすることが大切だというのも知っています。何にも楽しく感じられない時に、無理やり笑う必要もないです。

でも、とりあえず生き延びていれば、少し気が楽になる日もきっと来ると思います。

 

政府の統計によれば、平成23年の時点で精神疾患の患者数は320万人以上いるそうです。案の定、増加傾向のようなので、今はもっと多いでしょう。

その一人ひとりに、様々な背景があると思います。経緯がどのようなものであれ、本人の体験としては壮絶です。他の方の話を見聞きしても、それぞれが自分のストーリーを精一杯生きている様を、とてもリアルに感じます。

だから、“皆が主役のオムニバス物語”と言う方が適切なのかもしれませんが、私は恥ずかしがり屋でひねくれ者なので、やっぱり“悲喜劇のモブ”としておきます。

ご縁があって、wired1997さんのブログ「東京まで77.7マイル」を拝見したら、可愛いレゴ人形がたくさん登場していました。レゴって良い意味でモブキャラ感がありませんか?私もいつか、レゴたちのように味のあるモブキャラになりたいものです。