生きるを手繰る

生きづらい私やあなたが、生きる気持ちを手繰り寄せるために、ゆるりと考えること

わたしとわたしの街

今週のお題「好きな街」


小学生の頃から、かれこれ25年近く新興住宅地に住んでいる。

公園が多い街だから、昔も今もファミリー層に人気がある。週末になれば、買い出しに来たミニバンやSUVが列を作り、駅前は渋滞する。身綺麗なママと子ども。朝と夕方は、犬を連れて散歩する人々が行き交う。

決して、恵比寿や代官山みたいなおしゃれスポットではない。特にインスタ映えもしないけど、立地が良いのか、時にはテレビの撮影が来る。そんな時も、この街の人はあまり騒がない。みんな少し遠巻きに、行儀良くロケを眺めている。

そんな街だ。

 

治安もいいし、小綺麗だし、定番のカフェも、シネコンも、ファストファッション店もみんな揃っている。大型スーパーは遅くまで開いているし、申し分なく住みやすい。何の不満もない。

すっかりこの住みやすさに慣れてしまって、一時期実家を出ていた時も、わざわざ同じ沿線で部屋を探したほどだ。路線を変えれば、もう少し駅近のマンションに住めたかもしれないのに。

 

それくらい、この街が好きだった。

 

今ではそんな地元に少し飽きて、どこか物足りなさを感じている。だって、隣の駅も、隣の隣も、どこまで行ってもそっくりだから。カフェもショップも同じチェーン店ばかりで、ちょっとその並びだけ替えたように見える。

どこを切っても同じ表情の金太郎飴。

 

そんな風に感じるようになったのは、大人になって少し世界が広がったからかもしれない。たまに訪れる他の街は、妙に新鮮に映るものだ。

米軍基地の側の街に漂う、異国情緒と泥臭さ。

古本とカレー屋とサラリーマンが生み出す雑踏。

こだわりカフェの路地裏に隠れた、並々ならぬオーラの猫が棲むお寺。

 

ないものねだり。贅沢だ。

 

社会に出てみたら、学生時代からの恋人が急に物足りなく見える。そんな感じかもしれない。

あるいは、平穏無事な結婚生活にマンネリの影が射し始めた夫婦。

「あなたって、いいひとなんだけど、いまいち面白味がないんだよね。」

理不尽極まりない、別れ話の切り出し方。 

 

きっと他の街に引っ越したら、すぐに不便だと愚痴をこぼすだろう。 

それでも、見知らぬ街への小さな夢は膨らむ。

お惣菜のおいしい肉屋と、新鮮な魚屋と八百屋がある街がいい。人見知りのくせに、常連になっておまけしてもらうのに憧れている。豆腐屋もあったらなおいい。でも、念のためにスーパーも必要だ。ワガママだし、食べ物の話ばかりだ。

 

今住んでいる街には長年お世話になっておきながら、密かにそんな裏切りの気持ちを抱いている。

いつかは、さよならだね。

 

好きな街。好きだった街。